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「愛媛県人にとっての讃岐うどん」

Bybetterlives

12月 10, 2023

うどん県香川の隣県に住む身にとっては、愛媛のうどんと香川のうどんを比べる時には、軽い緊張感に襲われます。しかも、その緊張は近年は様相が変わっていることもありまして、いつまで経っても慣れるということがありません。

嘗ては香川のうどんと言えば、うどん本体を如何に味合うかにフォーカスが当たっていたように記憶します。そのため、出汁、つまりスープよりも、うどんそのものをどうやって楽しむかを重視する食べ方が多く見られました。代表的な食べ方は、茹でた後によく洗ってぬめりを取り去って冷たい出汁をくぐらせて食べる「ざるうどん」、一方ではぬめりがついたままの茹でたてを温かい出汁につけて食べる「釜揚げうどん」(これは「タライうどん」とも呼ばれます)、そして究極は猿で食べるのと同じうどんを器に盛って大根おろしを乗せて、それにお醤油をふりかけて食べる「生しょうゆうどん」でした。が、どうしたことか、この頃は香川でも温かい出汁で食べさせる「かけうどん」をよく見かけます。

他にも、うどんのみの味を楽しむというのとは違う方法も、以前は存在しなかった「カマ玉」が出現し、今では確固たる地位を保つに至ってますから、驚きの進化です。私が知らなかっただけかも知れませんが、ぶっかけという食べ方も今では当たり前のメニューになっています。それを言ったら、昔は「かけうどん」とは呼ばず、「すうどん」と呼んでましたね。「かけ」は蕎麦で用いられていたのが「すうどん」よりも高級感があるってことなんでしょうか、今では「すうどん」を壁のメニューに見つけることは先ずありません。

さて、愛媛県人が讃岐うどんと自分ちのうどんを比べると、なぜに軽く緊張を強いられるか、ですが。これには愛媛県人のトータルのうどんへの自負と、麺としてのうどんへのコンプレックスがないまぜになることによるのです。愛媛県では伝統的にうどんと言えば、温かいスープと温かい麺で提供されて、特にスープが美味しいお店が人気になります。これは今でも変わらず、麺よりもスープが大事っていうのが愛媛のうどんの評価基準です。正直に言ってしまうと、麺はおよそ感心しないようなものが当たり前に人気のうどん屋さんで供されています。

かつて香川でよく耳にしたのは「愛媛の出汁で讃岐のうどんを食べるかけうどんがベスト」というものでした。愛媛県では伝統的にうどんよりもスープを重視することで、うどんは香川に遠く及ばなくても、地元では美味しいと楽しめるうどんを目指すのが常でした。今思い出してもうどんは柔らか過ぎてベタベタして、およそ腰などどこにも見当たらないものが普通でした。でも、愛媛特有のスープと肉が表面を覆う肉うどんは、愛媛県人のソウルフードで、どこの食堂でも肉うどんは人気のランチメニューでした。ただし、うどん自体のクオリティは低く、そもそも手打ちでもなんでもないものを長く茹でて出てくるのが常でしたが、そんなことを気にする愛媛県人はまず見かけませんでした。スープが美味しければ喜んで食べるのが愛媛県人だったからです。

それでも何にでも例外というものはあるもので、東から西、そして南までのブーメラン状に長々とした地形の愛媛にあって、東の端の香川との県境でだけ、うどんのコシ、粉の香り、生地表面の滑らかな舌触り、そして飲み込む時の喉越しにこだわる人たちが居た、いや、きっと今も変わらず拘っているのだろうなとは思います。

ここは間違いなく愛媛県で、スープへのこだわりは愛媛の他の街と変わりません。でも、同時にうどんへのこだわりが愛媛らしからぬレベルで、うどんとスープが唯一両立して提供され、そして、そのことを理解して店を選んでうどんを食する人々が多数いる事で、人口に比べてうどん店の数が愛媛の他の街とは比べようもなく、そして、美味しいうどんを供するお店の数も同じく比べるべくもないお土地柄となっておりました。きっと、これは今も変わらず受け継がれる地元食文化は残っていることと思います。

つまり、かつて香川の人たちが口にしていた「讃岐のうどんを愛媛のだしで食べる」ことがとても高いレベルで実現する街だったわけです。でも、この街はあくまでも例外。他の愛媛県の町で食べるうどんの麺は、腰など全く見当たらず、柔らか過ぎてプチプチと切れてしまって、食べ終わった丼の中に切れっ端が残るのが当たり前でした。幸いなことに、今では少しマシになっており、流石に切れっ端はあまり見つかりませんが。

そういう一般的な愛媛県人が香川でうどんを食べる時、ざるうどんや釜揚げうどんを食べる時、まして生しょうゆうどんを食べる時は、たっぷりのスープが無いことに悶える訳です。ざるうどんの出汁は啜りません、釜揚げなら暖かくなっているのでほんの少しなら飲めますが、飲んでしまうとなくなってしまってうどんが食べられません。まして生しょうゆうどんは、そもそも出汁すらありませんから。でも、うどん自体は素晴らしく美味しいのです。うっとりとするうどんの肌、喉越しは堪能的ですらあります。香川の人はうどんを噛まずに飲み込むと聞いて、なんとまぁ、蛇じゃあるまいしと驚いていた自分が、まさかうどんを噛まずに丸呑みするようになるとは。

でも、やはりうどんを食べるのであればスープを啜りたいのです、愛媛県人としては。そして、香川で2回以上食事をとるときに限っては、一食はかけうどんを頼む訳です。そして、スープを啜りながら、決して口には出さずに「勝った」とほくそ笑む訳です。うどんでは惨敗です。お話になりません。でも、スープでは勝ってるぞ、と。

それがどういうわけか、この頃は香川県でかけうどん、まして、肉うどんが流行っているうどん屋さんが出現しており、大変な人気を博しているのです。こうなると、最初のスープの味見は緊張するのです。かつては圧勝だった、孤独なスープ対決で、最近は結構な頻度で引き分け、どころか、明らかな敗北を経験させられるからです。え?!てな感じで、アラぁ、負けちゃってるわ、と。うどんもスープも美味しいって、香川のうどん?これ?って、なるのです。香川のうどんの進化は、まだまだ止まらないようで、味見での緊張が続きそうです。